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ストレス脳

  • 5月24日
  • 読了時間: 11分

《著者紹介》

アンデシュ・ハンセン

 1974年スウェーデン生まれ。精神科医。経営学修士。現在は病院勤務の傍らメディア活動を続け、『スマホ脳』が世界的ベストセラーに。


《概要》

 今日、メンタルの不調は深刻な問題だ。世界保健機関(WHO)の試算によると、世界でうつに苦しむ人は2億8000万人。豊かな現代社会で、なぜ多くの人が心を病むのか? 精神科医が“脳”の見地からその答えを探った。


 人類の進化の過程で脳が果たしてきた役割、孤独がもたらす影響などを考察しつつ、心と脳の関係を解き明かす。


《要約》

なぜ人間には感情があるのか

 私たちは贅沢な暮らしをしている。飢餓や戦争は多くの場所で淘汰され、かつてないほど健康に長生きできるようになった。


 それなのに多くの人が心を病んでいる。世界保健機関(WHO)の試算によると、世界で2億8000万人がうつに苦しんでいる。


 あと数年もすれば、うつが他のどんな病気よりも大きな地球規模の疾病負荷になるという。人はなぜ、心を病むのか?


扁桃体が危険に目を光らせる

 仕事を終えて帰宅するところを想像してほしい。あなたは、道路を渡ろうとする。しかしその時、突然目に見えない手に引っ張られたかのようにぱっと後ろに跳びのいた。その前をバスが通り過ぎていく。危うく轢かれるところだった。


 何が起きたのか。何かが、あなたに「後ろに跳びのけ!」と命じたのだ。救い主は、アーモンドほどの大きさの「扁桃体」と呼ばれる脳の部分だ。


 この扁桃体の重要な役割に、知覚から入ってくる情報を処理して、周囲の危険に目を光らせておくというものがある。視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚への刺激は扁桃体に直接送られるので、脳の他の部分が情報を処理する前に自分が見て、聞いて、感じているものを把握している。


 だから扁桃体は、視覚に入ってきた刺激が深刻なものであれば、脳の他の部分よりも先に反応する。例えばバスが猛スピードで向かってきたら、扁桃体は即座にあなたを跳びのかせるのだ。


感情が人を動かす

 脳の側頭葉には「島皮質」という、脳の中でもとりわけ興味深い部分が存在する。島皮質は中央駅のような存在で、身体から心拍数、血圧、呼吸数など様々な情報を受け取る。知覚からも情報が送られてくる。つまり、島皮質で私たちの内と外の世界が溶け合うのだ。そこで感情が生まれる。


 感情というのは、自分の周囲で起きていることに反応してほとばしるのではなく、脳が私たちの内と外の世界で起きていることを融合してつくり出すのだ。その感情を元にして、脳は私たちに生き延びるための行動を起こさせる。


 つまり、感情というのは実はただの「任務」にすぎない。生き延びて遺伝子を残せるように、脳が感情を使ってその人を行動させるのだ。


脳の重要な任務は「生き延びること」

 脳の中を覗いてみると、意外な働きをするのは感情だけではない。心理学や神経科学の研究では、脳が記憶を変化させることもわかっている。集団に属しておくために、不快な真実に対して目をつむらせるのだ。自分は優れていると思わせることも多い。実際よりも能力が高い、と。


 つまり、脳は世界をあるがままに解釈させてくれない。それよりも重要な任務 ―― 生き延びること ―― があるからだ。だから生き延びるための視点でしか世界を見せてくれない。


 それが、私たちの感情における最大の鞭、「不安」へとつながっていく。


人はなぜうつになるのか

 一生のうちにうつになる確率は、女性なら4人に1人、男性なら7人に1人である。


うつを引き起こす要因

 うつの症状は非常に幅広いが、共通するのは気分が落ち込み、普段なら好きなことさえ無意味に感じるようになることだ。


 よくある誤解は、うつになるのはセロトニンやドーパミン、ノルアドレナリンといった脳内の伝達物質が足りないせいだというものだが、そんなに単純な話ではない。実際には脳内のいくつもの部分やシステムが影響を受け、それがうつという結果につながっていくのだ。


 つまり、脳の中では複雑なことが起きていて、人によってその内容は違う。しかし、うつを引き起こす要因は驚くほど同じだ。それは、ストレス ―― 特に長期間続いたストレスや、自分では制御できないと感じるストレスだ。


 かといって、何もかもストレスで説明がつくわけではない。うつへの脆弱性は遺伝子によって決められている。脆弱性の高い人は職場でのもめごとなど、それほど劇的なストレスでなくてもうつになる。


 一方で、家族を亡くすなどの強いストレスがかからなければ、うつにならない人もいる。だから、「遺伝子が弾を込め、環境が引き金を引く」と表現することができるだろう。


ストレスと感染症の関係

 うつやストレスは、人間関係によって引き起こされると思いがちだ。確かに私たちの心に圧力をかけるのは心理・社会的ストレスだが、細菌やウイルスとの関係にも注目しなくてはいけない。


 うつの一部は、実は免疫系が関係している。


 人類の歴史のほとんどの間、ざっくり言って半数が大人になる前に死に、その原因は感染症だった。20世紀の初頭まで死因のトップ3は肺炎、結核、胃腸炎。どれも感染症だ。


 歴史的に感染症が多くの子供の命を奪ってきたことで、私たちはその類の病気に対して強い防御メカニズムをもつようになった。それが、うつとも関係してくるのだ。


 私たちの種ホモ・サピエンスは25万年前にアフリカに現れ、1万年前に農耕に移行するまでは、狩猟採集民として生きてきた。


 その後、農耕が始まると密集して暮らすようになり、家畜を飼い始めた。その結果、動物の病原菌が人間に感染し、そこから人間の間にも広まっていった。


 結核や麻疹、天然痘などはどれも動物に由来すると言われていて、種の違いを飛び越えて人間の身体に入り込み、広まっていった。


 狩猟採集民も感染を免れたわけではない。彼らが苦しんだのは汚染された食べ物や怪我からの感染だ。怪我をしそうなリスクがあった時、祖先たちはストレスを感じた。狩りの最中に感じるストレス、逃げる最中のストレス。


 そういったことすべてが怪我のリスクを高めることを意味し、さらには傷に黴菌が入ることにつながったからだ。


 精神科医のチャールズ・レゾンは、「人類の歴史のほとんどの期間、ストレスというのは身体にとって“感染リスクが高まった”というシグナルだった」という。歴史的にはそれがストレスの役割で、その結果、免疫系が活発になる。


感染の脅威に対抗する

 免疫機能は非常に巧妙にできている。特に興味深いのは、咳をしている人を見ただけで免疫系が起動することだ。あるいは、腐った食べ物に対しても反射的に強い嫌悪感を覚える。そうやって脳は感染源となる食べ物を避けさせるのだ。


 身体に入ってから対応するよりも、細菌やウイルスを体内に取り入れるのを防ぐ方が楽だ。多くの研究者が、私たちがそのための行動を取っていると考えている。この行動を促すものが感情だ。


 精神状態が悪くなると、私たちは外に出なくなる。落ち込むという感情は脳が私たちを感染から遠ざけている、そう考える研究者もいる。


 脳は、ストレスを感じると感染リスクが高まったと解釈する。その結果として、長期的なストレスを受け続けると、その間ずっと怪我や感染の脅威にさらされていると勘違いしてしまう。


 そのような脅威に対抗するために、脳は家にこもりたくなるような感情をつくる。つまり、私たちがうつと呼ぶ状態にするのだ。


うつが引き起こされる仕組みを学ぶ意味

 なぜうつが引き起こされるのかを学んだからといって、すぐにうつが治るわけではない。だが、そこからスタートするのは悪くない。


 自分の脳や精神状態が免疫学的なプロセスに左右されるという知識をもつことで、私自身もライフスタイル関連のアドバイスを真剣に受け止めるようになった。

 当然あなたも、「運動はした方がいいし、しっかり睡眠を取って、予測不可能なストレスや長期的なストレスは減らした方がいい」というのはわかっているだろう。


 しかし「なぜ」そうした方がいいのかという生物学的な理屈を学ぶことで、運動、睡眠、適度なストレス、そして回復というアドバイスが深い意味を帯びるようになる。


なぜ孤独はリスクなのか

 脳は、多数の神経を通じて身体の各器官を制御している。その大部分は、私たちにはコントロール不可能なものだ。この意識せずとも動く神経系には2種類ある。交感神経と副交感神経だ。


 交感神経は「闘争か逃走か」に関わっていて、あなたが恐怖を感じたり、腹を立てたりすると起動し、心拍数と血圧を上げ、行動を起こさせる。つまり、攻撃に出るか、逃げるかだ。


 もう1つが副交感神経で、消化や心の落ち着きに関係している。副交感神経は心拍数を下げ、血液を胃腸に送って食べ物を消化できるようにする。

 

 孤独でいると、心を落ち着けられる時間があるので、副交感神経が活発になるだろうと思いがちだ。しかし、不思議なことにまったく逆だ。孤独は交感神経を活発にする。


「社交欲求」が存在するわけ

 なぜそうなるのか。過去に目を向けてみると、信憑性のある説明が見つかる。


 人類は生き延びるためにお互いを必要としてきた。自然の脅威や災害を生き延びたわずかな人々 ―― だからこそ我々の祖先なのだが ―― 彼らは一緒に生き延びてきたのだ。集団は生存を意味し、社会的な絆を大切にしたいという欲求をもっていれば命をつないでいける確率が高かった。


 脳は、集団に属すると幸福感を与えてくれるが、それはまったく自己中心的な理由によるもので、集団でいれば自分の命を守れる可能性が高いというだけだ。つまり、孤独によって感じる不快さは、脳があなたに「社交欲求を満たせ」と語りかけてきているのだ。何しろ、人間の歴史のほとんどの間、孤独は死を意味してきたのだから。


 独りでいると、脳はこれが誰にも助けてもらえない状態だと解釈し、危険に対して警戒しておかなくてはと考える。すると身体は、長期的なストレスを抱えたままいつでも警報を鳴らせる状態、つまり交感神経が優位な状態で暮らし続けることになる。


 長期的なストレスは、血圧を上昇させる。孤独のせいで、例えば心血管疾患の患者の予後が残念なものになることに説明がつくわけだ。


社交欲求の肉体的側面

 新型コロナによるパンデミックの間、デジタルデバイスはかけがえのない存在だった。仕事のミーティングやヨガ教室までがオンラインで行われるようになり、現実世界よりもバーチャルな世界にかける時間が長くなった。


 その後、世界中から「多くの人がストレスや孤独を感じている」という報告が上がってくるまで長くはかからなかった。


 なぜ、画面越しでは私たちの社交欲求は満たされないのか。医学的に完全な答えは得られないが、皮膚に1つ手がかりがある。


 皮膚には、軽く触れられた時にだけ反応する受容体が存在する。注目すべきは、その受容体が、肌に触れているものが秒速2.5cmの速さで動く時に最大限に反応するという点だ。この速度は愛撫される時のものだ。


 手がかりがもう1つある。それは、皮膚から脳にある下垂体(脳の下部にある内分泌腺)につながる細胞シグナル伝達経路を辿っていくと見つかる。


 下垂体が反応すると、エンドルフィンの総称をもつ物質が放出されるが、エンドルフィンには鎮痛作用があり、強い幸福感を与えてくれる。


 3つ目の手がかりはチンパンジーやゴリラから得られる。彼らは起きている時間の20%、お互いの毛づくろいをする。この行動は「グルーミング」と呼ばれるが、彼らが時間を費やしそれを行うのは被毛を清潔に保つためだけではない。


毛づくろいには社会的な役割があり、する方もされる方もエンドルフィンが放出され、二者の間に親密な感覚を生み出す。群れの仲間の毛づくろいをすることで、群れ全体のまとまりが保たれるのだ。


対面とオンラインの違い

 エンドルフィンは生化学上、友情や親密さを感じる際の中心的存在だ。そのエンドルフィンが身体を触れられた時に出るということは、私たちの社交欲求には物理的に接触する必要性があるという強い示唆になる。


 パンデミックの間はそれを奪われてしまったせいで、これほど多くの人が孤独を感じたのかもしれない。


 私たちは対面で会わなければいけないのだ。お互いに触れ、肉体の存在を感じなければいけない。その理由は単純で、まさにそのために強い社交欲求が培われたからだ。



まとめ

●世界保健機関(WHO)の試算では、世界で2億8000万人がうつに苦しんでいる。うつを引き起こす要因は、長期間に及ぶストレスや、自分では制御できないと感じるストレスである。


●人類の歴史におけるほとんどの期間、人々の死因の多くは感染症だった。そのため、感染のリスクに対して、人類はストレスを感じるようになった。すなわち、ストレスは身体にとって“感染のリスクが高まった”というシグナルである。


●脳は、長期的なストレスを受け続けると、その間ずっと感染の脅威にさらされていると勘違いする。こうした脅威に対抗し、私たちを感染から遠ざけるために、脳は家にこもりたくなるような感情をつくる。それがうつという状態だ。


孤独はストレスをもたらす。それは、人類の祖先が生き延びるためにお互いを必要としてきたからだ。独りでいると、脳は自分が誰にも助けてもらえない状態にあると解釈し、危険に対して警戒しておかねばと考える。その結果、身体は長期的なストレスを抱えることになる。


●新型コロナのパンデミックにより、様々なやり取りがオンラインで行われるようになると、多くの人がストレスや孤独を感じるようになった。デジタルデバイスの画面越しでは、社会的な絆を求める人間の社交欲求は満たされないのだ。


●皮膚には、軽く触れられた時にだけ反応する受容体が存在する。この受容体が反応すると、友情や親密さを感じるエンドルフィンが放出される。このことは、私たちの社交欲求には物理的な接触が必要であることを示唆している。

 
 
 

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